08:進入禁止
あの日のことはまだ覚えている。忘れもしない。咄嗟の反応とはいえ拒絶された衝撃と、やはりどうしようもない愛しさ。
そう、俺はあの日、了承を得ずにキスした時に舌を入れた。
付き合いだしてから5か月ほど経った冬だった。ぶっちゃけ、勢いと云うかついと云うか思わずと云うか。まだ中学生やったし、そもそも普段のキスの頻度だって低かった。デートに行っても部屋に来てもは呑気やったし。
よく我慢したと思う、5か月も…。というのも、はときどきキスをするとその度に「恋人同士っぽくてはずかしい」とたまらなく可愛いことを言っていたのだ。いや、ぽいっていうか恋人同士やんか!恥ずかしそうにはにかんで、俺的にはもの足りない触れるだけのままごとみたいなそれに彼女は満足していたようなので…というか夢見ていた様子なので、あまり生々しいことはとりあえず控えようと思った。
それで5か月。
正直そろそろ舌くらいは入れたかった。彼女はそんな感情とは無関係に過ごしていたのだろうけれど。(彼女は本当に呑気だった。恐ろしく手が出せないほど無防備かつ無邪気だった…)
だからあの日―――今日こそはと決めていた訳ではない。
しかし何となくいつもに比べていい雰囲気で、キスしてもいいかときいたらえーとか言いながらも拒むことはなかったので、許されるかなぁとついつい思考が働いてしまったのだ。それで、あの様だ。
舌を入れられるなんて予想もしない彼女の唇はすこし開いていて(それもまた俺の背を押した要因のひとつだ)易々と侵入できた。その瞬間に体が固まって、次の瞬間に彼女の手のひらが俺を押し返した。力としては強くないが、弱くもない。マズかったかと身を離すと、数秒後に面白いくらい真っ赤になって怒りだす。
ばかとかすけべとか色々怒鳴り散らして、カバンだけ持って帰ろうとしたのにはさすがに焦った。外は寒いのにコートも着ないで出たら風邪を引いてしまうし、此処で帰したら明日は確実に口をきいてくれないだろう。こじれさせる気はない。
なんとかひきとめて宥めて謝り倒すと、ご機嫌斜めながらも飛び出して行くのは止めてくれた。ぷりぷり怒りながら(正直、そんな様子も可愛い…)何であんなんしたの!と聞いて来る。あんなんって…そんな。
「いや、なんてゆうかちゃん可愛くて」
「だからっていきなりすんの!」
「いや…ごめんなさい…」
「てゆうかそもそもああゆうのしたかったの!」
「あ、はい…したかったです…」
「…………そうなの?」
「はい…すみません…」
「じゃあせめて相談してよ」
「相談ですか」
「うん」
「相談したらしてもよかったですか」
「それはわかんないけど」
…やっぱりどうしてもべろちゅーがしたかったらいきなりするしか方法ないやん…!
てゆーかビックリしたしぬるってしたしってゆうかビックリしたし、とまだブツブツ言っている彼女に向かって俺は心の中で叫んだ。触れるだけのキスのみ、は寸止めよりつらい生殺しだ。更に食べるのが大好きな彼女はしょっちゅう小さな唇でパクパク何か食べている。舌がのぞく度に俺が生唾を飲んでいたのを、彼女は知るまい。
とりあえずその日はそれでお開き。それから何日かはキスすらままならない状態だったのは言うまでもない。
因みにしばらく後に俺の念願は叶うのだが、呼吸がわからんとかなんか恥ずかしいとかキャンキャン文句が飛び出たので忍耐は強くなるばかりだった。育ち盛りだった俺。禁欲生活の辛さはもう味わいたくない。
「そう考えたら俺いまめっちゃ幸せやわ…!」
「何の話?」
「いや、受け入れてもらえるってええなって思って…」
「ふーん」
「ところでちゃん、いっしょにお風呂」
「死んでも入らない」
「……」
きっと、我慢という言葉は俺の人生についてまわるのだろう。
もう、ええよ…。