なんだかすごくあったかい。そう思って、目を開けた。そうしたら、直ぐ近くに彼の顔があって、こっちを見ていた。
「お早う」
そう言って彼は私の髪に指を差し入れて、前髪をかきあげる。それで、おでこにキスをした。
わたしは、ねむたいな、と思って、なんだかわからないけど、うんと頷いた。あったかいのは彼が横にいたからなんだと気が付いて、さっきキスされたおでこを彼に押し付ける。それからどうしてかもともと握っていた彼のパジャマを握りなおした。
「ちゃん…?」
ぴったりとくっついたわたしの頭を、彼が大きな手のひらで撫でる。そうされるのがわたしはとても好きで、もっともっと眠くなってしまう。ああ、いま、何時なんだろう…。きょうは日曜日なんだったっけ。
「いま、なんじ…?」
彼はたいてい、なんでも知ってる。もごもご尋ねたら、もうすぐ10時、と打てば響くみたいにかえってきた。「きょう、にちようび?」続けて聞くと「うん、そうやで」とまた髪を撫でてくれる。そっか、と頷いて、わたしはちょっとだけ体を離して彼を見上げた。
わたし、どうして彼と寝てるんだろう。
「…なんでゆうしがいるの?」
そう思ったので、そのまま聞いてみた。そうしたら、すごくびっくりした顔をされてしまう。
「な、なんでって…!昨日一緒に寝たやろ!?」
慌てたように言われて、あんまりよく動かない頭を働かせてみる。そういえばそうだった。あと、もう少し早い時間に一度おきて、その時もいまなんじ、って彼に聞いたんだった。あと体いたい。
「そっか、そうだっけ…」
どういう状況だったのかを思い出して、わたしはつぶやいた。思い出した途端に体がだるくなって、それから、すっごくお腹が空いてきた。
「、びっくりさせんといて」
「だって、ねむい…」
彼はわたしがちょっと忘れてたのがショックだったみたいで、涙目になっている。ねむくて頭働かなかったんだから、仕方ないじゃん…。
「侑士、おなかすいた…」
そんなことより、とわたしは握ったままのパジャマをひっぱった。
「お、そうか。ほな朝ごはん食べるか?」
「うん」
「何が食べたい?パン?ごはん?」
「めだまやきたべたい」
「目玉焼きな」
「あと、ココア…」
思い付いたものをそのまま言うと、彼はわたしの頭を撫でながら優しく頷く。彼のつくるごはんは、正直言っておかあさんのより美味しい。想像したらお腹が鳴ってしまって、それは彼にも聞こえたみたいで、彼は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「可愛いなぁ、ちゃんは」
そう言って、髪を撫でていたてのひらでほっぺたを包む。大きくて表面はごつごつしていて安心する。彼はおでこをこつんとくっつけて、それからわたしの唇にキスをした。ちいさな音を立てて、何回も。
正直わたしはほんとうにおなかがすいていて、はやくごはんつくってくれないかな、とも思ったのだけれど、彼のキスは優しくて嬉しくて少し照れくさくて、そのままでいた。まだ頭の大部分がぼんやりしていて、なんだかあまり言葉が出てこないみたいだった。
しばらくしてから、彼はさいごにほっぺにキスをして体を起こす。ほな、世界一おいしい朝ごはん作るからな、と言ってわたしの頭を撫でた。わたしが頷くと、彼はやっぱりとても嬉しそうだった。
彼が服を着替えてキッチンの方へいってしまうと、わたしはセミダブルのベッドにひとりきりになる。さっきまで彼のいたところがあたたかかったので、おふとんを引き上げて口元までかぶった。あったかい。
それから、目を閉じて耳を澄ませた。彼が蛇口をひねって、お水を出して、お野菜を洗う音。とんとん、お野菜を切る音。お鍋をコンロにおく音。ことん、と食器をシンクに置いた音。ことことスープの煮える音。彼のお料理は魔法みたいだ。黒いエプロンのローブを付けて、びっくりするくらいおいしいごはんを作り上げてしまう。
しだいにいいにおいがしてきて、わたしのお腹はまたせつなくなきごえを上げた。だけど彼がお料理を作る音はとても安心できて、同時に眠くなってくる。あったかいけど遭難しちゃいそうだ。侑士たすけて。
そう思っていたら目玉焼きを焼く音が聞こえはじめて、彼がわたしのマグカップを持ってこちらに歩いて来た。
「ちゃん、ココアできたで。起きれるか?」
そう言いながら、彼はマグカップをサイドテーブルに置いてわたしのほっぺを指で撫でる。うんと頷くと、手を差し入れて起きるのを手伝ってくれた。その動作をするのに体が痛みを訴えて、ちょっとだけ顔をしかめる。すると彼はとても心配そうにわたしを覗き込んだ。
「、体つらいか?」
「…ちょこっと」
「そっか。ごめんなぁ」
わたしにココアを手渡しながら、今度は髪を撫でる。ううん、と首を振りながら、わたしはココアを一口のんだ。甘くておいしかった。
もうちょっとやからそれ飲んで待っててな、と言って、彼はまたキッチンに戻っていく。小さなマシュマロがふたつ浮いたココアを飲みながら、わたしは窓の外を見た。よく晴れている。そういえば昨日、雪が降っていたのに、そんな様子は残っていない。積もらなかったのかな。
ちびちびと飲んでいたココアが四分の一ほどなくなったころ、彼がお盆を持ってまた戻ってきた。彼が持ったお盆の上では、焼きたてのトースト、カリカリのベーコンと目玉焼き、お野菜のスープが湯気を立てている。
「おいしそう!」
思わず歓声をあげると、彼は得意げに笑った。そうして、そのお盆もサイドテーブルに置く。わたしが首を傾げていると、彼はテレビの部屋からちゃぶ台を持って来てベッドの横に置いた。
「…ゆうし?」
「ちゃん、体動かすのつらいやろ。今日だけ特別や。ベッドでごはん食べてええで」
「でも、こぼしちゃいそう…」
「食べさせたるし、大丈夫や」
な、と笑顔で言われて、そっか、と頷く。たしかにここで食べられるのは特別な感じで、すこし嬉しい。
「ほな、どれから食べたい?」
「めだまやきとベーコン!」
打てば響くみたいに答えると、仰せのままに、と彼はお箸で、ベーコンと目玉焼きを切り分けてくれる。半熟の黄身をわって絡めるのも忘れない。彼はお箸の持ち方がとてもきれいで、お箸でベーコンなんてとてもきれいに切り分けられないわたしは感心してしまう。
「あーん」
そのまま上手につまみ上げて、わたしの口まで運んでくれる。わたしはぱくんと食べた。なんだか今日のは格別においしい気がする。
「おいしい!」
飛び上がりたいような気持ちで言うと、彼はとても優しく優しくわらってわたしの口の端についた黄身を取ってくれた。それから「ぎょうさん食べるんやで」と言う。わたしはこういうときの彼の表情が、一番好きだ。抱き着きたくなったけれど、お腹がすいているから我慢する。それで、トーストにイチゴジャムをたっぷり、塗ってもらった。アプリコットとマーマレードで悩んだけれど、今日はイチゴジャムが食べたい気分だったから。
食べ終わってから、ちょっとここにすわって、と彼を呼んだ。
「どないした?」
「いーから、すわって」
ぽすぽす、とベッドを叩いて言うと、彼は不思議そうな顔をしながらもわたしが示した場所に座ってくれた。これでええか?と振り返る。その大きな背中に、わたしは思いっきりしがみついた。彼の胸に腕を回して、ほっぺを背中に押し付ける。あったかい。心臓の音、聞こえる。
「どっどっどないしたんちゃん」
「あのね」
なんだかわからないけれどどもる彼に、小さく笑いながらわたしは答えた。ごはん、おいしかったから。
「ありがと」
しみじみそう思って、びっくりするくらい素直にそのままを口に出した。ただごはんがおいしかったからだけじゃなくて、彼が朝いっしょにいてあたたかくて、魔法みたいにおいしいごはんを作ってくれて、当たり前のようにココアにマシュマロを浮かべてくれる。それがとても嬉しかった。
彼は家族みたいで、だけど家族よりもずっともっと近くにいる。きっと、世界で一番。
あったかい背中に頬擦りをすると、彼は少し慌てたような声を出した。けれど直ぐにわたしの手の甲を優しくさすって、それからそっと引きはがす。くるりとわたしの方を振り向いて、そのまま抱きしめてくれた。髪を撫でるてのひらは、おとうさんみたいにやさしい。ちゃん、とわたしを呼ぶ落ち着いた声はまるでおかあさんみたい。どっちでもあるけれど、どっちでもない。世界でただひとり、わたしのいちばん大好きな人。
呼ばれる声に導かれて顔を上げると、前髪をかきあげる指。おでこに、羽根が触れるみたいな優しいキスが落ちてきて、わたしはただ嬉しくて、笑った。