そうして、その後忍足の練習に付き合っていたらあっというまにお昼ご飯の時間になって、午後は割り振られた作業や食料調達しに釣りに行ったりしているうちにあっというまに晩ご飯の時間になってしまった。ちなみにこの時点ですでにわたしはくたくたに疲れていて、かつ腹ぺこだった。普段の5倍くらい動いている気がする。
 そして当たり前なのかもしれないけれど、ご飯は山菜やきのこが中心のメニューだ。両方とも正直言って苦手だったのだけれど、空腹は最高の調味料というのは本当のことのようで頑張って食べたら何だか美味しい気がして、ぺろりと平らげてしまった。嬉しかったけど、横で忍足がわたし以上に喜んで手放しで褒めてくるのでものすごく恥ずかしかった(だってみんなに見られてた!)。もうほんとに勘弁して欲しい。
 そう思いながらも、朝も昼も夜も忍足といっしょにご飯を食べられたことがすごく嬉しかった。いつもはお昼しかいっしょに食べていないのだ。ちょっといっしょに暮らしているみたいだと思ったら、思わず顔がにやけてしまう。だっていっしょに暮らすとか、しんこんさんみたい……。





-7月29日-

2






 なーんてこと考えていたら、夜のミーティングもいつのまにか終わっていた。し、しまった。朝忍足に話きけっていわれたのに。でも仕方ないから後できいとこう。
 周りを見ると食堂に集まっていたみんなは既にばらばらと散っていて、それでも何人かは残って話をしていた。ここはすぐそばに小川が流れているから少し涼しいのだ。忍足もここで少し涼んでいこうと言って、冷たい水をコップに注いできてくれた。

「ありがと」

 お礼を言って受け取ると、忍足はその手でわたしの頭を撫でて応える。それからまた隣りに腰を下ろした。

「にしても、監督達見つからんなあ」
「そうだね…反対側に居るとかかな?」
「せやけど同じ場所でボートに乗ったんやから、だいたい同じ場所に流れ着くん違うんかな」
「うーんそっか」
「やっぱ何か変な気ィするなァ…」

 忍足は頬杖を突いてまた考え込む。やっぱり色々気になることがあるみたいだ。

「よくわかんないけど、とにかく早く見つかるといいね。つぐみちゃん元気ないし…」

 わたしは、優しいひとつ下の女の子を思い浮かべながら言った。つぐみちゃんのお父さんはあの船の船長さんで、監督たちと一緒に行方不明になっているのだ。昨日の夜も元気がなかったし、今日のお昼も表情が曇っていた気がする。何より仲良しの彩夏ちゃんがとっても心配していた。当たり前のことだけど、きっとつらい気持ちでいるだろう。
 あんなに優しくて良い子が元気をなくしているのは、見ていてとてもやるせない。忍足もそうやな、と神妙に頷いて、なんとなく2人とも黙り込んだ。これからどうなるんだろう。昼の間忘れていた不安が少し頭をもたげる。考えてもしかたないことだけど、せめて無事かどうかだけでも、何かで分かればいいのにな…。
 そんなことを考えながらテーブルの上の水入りコップを見つめていると、忍足が「おう」と誰かに声をかけた。誰か来たみたいだ。わたしは顔を上げた。すると、青学の手塚くんと乾くんがこっちへ歩いて来る。近くを通ったのを、忍足が声かけた…のかな。
 手塚くんとばっちり目が合ったので、ぺこりと頭を下げてあいさつした。なんか威圧感あって先生みたいなんだよね、部長のお手本って感じ。手塚くんはわたしの会釈に目礼で答えてくれた(ほんとに同い年なのかなこの人…)。その後ろの乾くんはやあ、と声に出してくれたけど、なんかこの人もよくわかんなくて苦手だ。なのでさっきと同じく会釈をしておく。
 突然借りて来た猫のようにおとなしくなったわたしに忍足は苦笑しながらイスの上の手を握ってくる。うるさいなあ。そんな気持ちを込めてちょっと睨んだけれど忍足は気にすることなく笑う。む、むかつく…!

「忍足、昨日言っていた件なんだが」
「ああ、どうや?」
「やはり、要望が多くてな。何とか出来ないかと考えているんだが」

 わたしたちのやりとりに気付いてるんだかいないんだか、乾くんが口を開いた。眼鏡を押し上げながら、やたらといい声で忍足に話しかける。昨日ってなんだろう、と思ったけれど、そういえばこの3人は同じロッジだ。たぶん昨日の夜にでも話していたことの続きなんだろう。
 きょとんとするわたしに、忍足が「昨日、やっぱコートないと練習できひんから欲しいよなって話しててん」と教えてくれる。

「あ、そーなんだ」
「しかしなあ、出来るかどうかが問題やねん」
「場所は問題ないんだがな…」
「メジャーも確か倉庫にあったろう。問題はネットだな…代用品があればいいのだが」

 続けて3人は石灰もないがそれはどうにかなるだとか、木の棒の真っ直ぐなものを探せば代用品になるな、等々話し合う。そういえば今日、忍足もボールとラケットだけで練習しながら「コート欲しいなぁ」とつぶやいていた。「要望が多くて」ということは、他のみんなも同じことを考えているということなのだろう。そもそもわたしにとっては、こんな状況下でも練習をしたいと思うこと自体信じられなかった。普通の中学生なら、(遭難しちゃってるんだからラッキーとか言うことはなくても)練習も合宿も休みにしてしまっていることだろう。それだけ、みんなは真剣にテニスをしているのだ。…だから全国クラスなのかな。そんなに大好きなものがあるのはちょっとだけうらやましい。
 わたしにもなにか、出来ることがあればいいのに。
 そう思ったけれど、忍足の試合の応援のときもいつも何も考えないで見ているので、なにが必要なんだかいまいちよくわからない。というのもテニスをしている忍足はなんだかすごく別の人みたいで(それはやっぱり忍足がすごく真剣にテニスと向き合っているからだと思う)入りづらくて、忍足のテニス関係の部分には一定の距離をおいているからなんだけど、でもそれにしたって自分の彼氏の部活のことなのによくわからないってどうなんだろう。
 わたしってけっこうひどい彼女なのかも…。今更ながらに気付いてしまってちょっと落ち込んだ。なんだかこんな事態に陥ってから、いつもは考えないことばかり考えている。

「ロープ張っただけじゃダメなの?」

 とりあえず思いついたことをジャージの裾を少し引っ張って言うと、最悪そうするしかないなァ、と忍足は苦笑した。手塚くんと乾くんも頷く。そうか、最悪の場合か。やっぱりネットがないとだめなんだ…。

「ともかく、これから跡部とも相談してみるつもりだ。何とか都合がつけば、明日の朝にでも広場に作れるだろう」
「そうか。ほんなら、よろしく頼むわ」
「ああ」

 それから少しお互いの現状や見つけたものについて話した後、じゃあまた後でロッジで、と言って2人は去って行った。海側のロッジに向かっているみたいだ。さっき言ってたとおり、跡部に相談しに行くんだろう。
 2人の後ろ姿が遠くなって、わたしはやっと肩の力を抜いた。

ちゃん、えらい緊張しとったな」

 わたしが息をついたのを見て、忍足が面白そうに笑いながら聞いてくる。

「どっちか苦手なん?けど苦手になるほど接点あらへんやろ」
「だって手塚くん、学年主任の先生みたいなんだもん!同い年とかウソみたい…」
「乾は?」
「…なんかよくわかんないけどこわい」

 素直に言うと、忍足はさらに面白そうに声をあげて笑った。何がそんなに面白いって言うんだろう、わたしはぜんぜん面白くないのに。少し睨んでやると、忍足はごめんごめんとわたしの頭をくしゃくしゃ撫でた。

「いや、はほんま素直やなあ」
「なに、わるい!?」
「まさか、何も悪くないで。俺素直なちゃんめっちゃ好きやもん」
「…………あっそ」

 何で屈託ない笑顔でこういうこと言うんだろうこの人。わたしは何も言い返せなかった。顔に熱が集まるのが分かる。きっと忍足もわたしが真っ赤なのに気付いているだろう。なんかホント、悔しい…。

「あ、あかん。そろそろ行かな」
「え、…なに?」

 熱い頬が静まるころ、忍足が声を上げた。顔を上げると、忍足は腕時計を見ている。

「見回り頼まれててな。合宿場一回りして、異常ないか見てこんとあかんねん」
「そう、なんだ」
はどうする?もうロッジ帰るか?」

 忍足はいつもみたいにわたしの頭を撫でながら、わたしの顔を覗き込む。正直いって、まだ離れたくない。さっきの落ち込んだ気持ちもまだ尾をひいていて、すごく忍足のために何かしてあげたい気分だった。何をすればいいのかは、全然わからなかったけれど。

「あたしも、見回り一緒にいきたい」
「え?…けど、ほんまに真っ暗やで?」
「だ、だって忍足…おばけ怖いでしょ!ひとりだったら!だって怖がりだもん」
「いや、まあ…そうやけど…」
「危ないかもしれないでしょ!だからいっしょにいってあげるの!」

 あああ、なんでこんな言い方しかできないんだろう。照れ屋をおもいっきり発揮してしまった。しかもこれじゃツンデレみたい。しまったあ。
 言い終わってからそう思ってまた顔がすごく熱くなってくる。忍足はそれに気付いたのか、またもや声を上げて笑い出した。そのうえ、何を思ったか何の脈絡もなくわたしを抱きしめてくる。わたしがびっくりして固まっていると「いま俺猛烈に叫びたい気分や」とか呟く。小声だったけれど、頭のすぐ上で聞こえるものだから首筋あたりまで響いてきてくらくらした。叫ぶって何叫ぶの、とかそんなことしらないよ、とか言いたいことはあっても、言葉なんか出てこなかった。
 それから、心配してくれて有難うな、と言って忍足はわたしのおでこにキスをして開放してくれた。固まって困惑しといてこんなこと思うのは変かもしれないけれど、少しだけ寂しいみたいな気持ちがした。

「よしそれじゃ、見回りいこか」

 忍足は嬉しそうににこにこ笑いながら立ち上がって、わたしの左手をとる。わたしも頷きながら立ち上がったけれどどんな顔をしていいのかわからない(というかすごい顔、赤いと思う)。しかも歩き出してから気付いたのだけれど、わたしたちのいる食堂にはまだぽつりぽつりと人がいた。割と広いとはいえ、テーブルごとに仕切りなんてない。当然さっきのぎゅうもおでこちゅーも、見られていたに違いない。わたしは余計にどんな顔をしていいのかわからなくなって、食堂からある程度離れるまで顔を上げることが出来なかった。





「…忍足」
「んん?なんや?」
「さ、さっきの、なに!」
「さっきのて、ぎゅう〜ってしたことか?」
「あ、あと、おでこに…!」
「もしかして、嫌やった?」
「嫌じゃないけど!」

 見回りの暗い道を歩きながら、わたしは意識して低い声を出した。若干どもりながら詰問すると、忍足はちょっと申し訳なさそうな顔をして聞いてくる。嫌だったんじゃない。全然嫌なんかじゃない。ただ、どうしてあんなことをしたのか聞きたかっただけ。
 そう思って思わず強く否定すると、気遣わしげな表情がまた嬉しそうなそれに変わる。しまったまた恥ずかしいことをしてしまった。

「そ、そうじゃなくて…だってほかに人いたのに」
「ああ、恥ずかしかったか?」
「そうだよ!」

 見られていたということを考えると、恥ずかしさでたまらなくなってくる。それに忍足はやっと合点がいったというような表情をした。

「ごめんな、があんまり可愛いもんやから我慢できんくて」
「へ?」
「俺ちゃんみたいな彼女がおってめっちゃ幸せやわあ」
「……」
「それとな、いまこの島、男がめっちゃいっぱいおるやろ。吊り橋効果でに惚れでもする男がおったらたまらんからな。の彼氏は俺やってアピールしとかなあかんと思ってな」

 …な、なに言ってるんだろう、この人。
 畳み掛けるように色々言われて、わたしは思わず閉口してしまった。顔はすでに茹ダコ状態だ。ていうか心配しすぎだし、ていうか。すごいこと言ったこの人いま。

ちゃん、顔まっかっかやで」
「……誰のせいだと思ってんの!」
「ははは、ごめんな。でもめっちゃ嬉しい」

 何が嬉しいって言うんだろう。そもそもこの場面で喜ぶべきなのはわたしの方のはずだ。だってわたしのことが大好きだって、言ってくれたようなものなんだから。…いつも言ってくれてるけど。
 わたしがひきつづき何も言えないでいると、忍足がなあ、と少しだけ落とした声を投げかけてくる。なんだかその声だけでたまらなかったんだけど、何とか目線を上げると知らない人みたいな、でも確かに忍足と同じ顔と同じ目の色で、今なら誰も見てへんしまたぎゅってしてもええ?と尋ねてきた。
 断る理由がないし嫌じゃない。そう思って小さく頷くと、忍足は安心したみたいに息をついてお礼を言ってわたしの背中に腕を回してくる。今度はさっきより力が少し弱くて、わたしはなんとなくホッとした。この優しい腕はわたしにひどいことなんて何もしない、そう知っているのに、どうしていつも触れ合うとき緊張するんだろう。

 そのまま2人して黙り込んでいるあいだに、さっきの言葉が今更ながら心にしみこんできた。わたしみたいな彼女がいて幸せだって、忍足はそう言った。自分がひどい彼女かもしれないと落ち込んだのが癒されていくような心地がした。
 忍足はいつも、恥ずかしいけれど嬉しいことを言葉にしてくれる。恥ずかしくてごまかしたりしてしまうけれど、わたしだっていつも同じことを思っている。
 どうせこんな非日常なんだから。
 今なら、言えるかも。

「…あたしも」
「ん?」
「あたしも、忍足みたいな彼氏がいて、しあわせ」

 だっていま、こんなに暖かい気持ちでいるんだもの。

 忍足はしばらく何も言わなかった。それから「俺いまなら死んでもええ」と呟いた。それ昨日も聞いたんですけど。その声の調子がおかしくて、思わず噴き出してしまう。絶対死んだらだめだからね。これは口には出さなかったけれど、わたしは忍足の背中に腕をまわして抱きしめ返した。
 忍足の体温がすごく心地いい。こんなに穏やかな気持ちになるのは初めてかもしれない。こんな状況だからこそなのかな、とそう思いながら、わたしたちはしばらくそのままでいた。ずっとこうしていたいような、そんな幸せな気持ちだった。






※いいわけさせてください2※