じゃあ今年はふたりだけでお祝いしよ、と彼女は笑った。
彼女と付き合いだしてから2度目の誕生日。中学最後の秋。
テーブルの上にはありったけのご馳走を並べた。彼女と俺の好きなものを沢山、だ。晩餐の割にはところどころお菓子も混じっていたが、それはさして問題ない。要は美味しければ何でも良いのだ。
彼女曰く『今日は楽しいことと好きなものだけに囲まれてなくちゃいけない』らしい。ちゃっかり自分の好きなメニューも並べて、は屈託なく笑った。
彼女は星空と同じ色を湛えて
「はい、コレ」
「え、何?プレゼントはさっき貰ったやろ」
「うん、これね、ケーキ作ったんだ」
しばらくしてから彼女が差し出したのは手作りケーキだった。
ぶっちゃけうちに来てからしばらく経っていたのに冷蔵庫に入れていなかったのが心配になったのだが(なんで直ぐ入れなかったんや、と後で聞いたらびっくりさせたかったんだもん、と可愛く言われてしまった)箱を開けてみると、小さなサイズのホールケーキがちょこんと無事に鎮座していた。
すこし歪みながらも、ホイップクリームも溶けず残っている。彼女は自他共に認めるぶきっちょさんなのでこれは上出来以上の部類だろう。
「めっちゃ美味そうやん」
「チョコプレートみて!すごい頑張ったんだよそれ」
「ほんまに?」
としても気に入った出来らしく、嬉しそうな様子でサクランボと共に上面に並べられたチョコプレートを示した。
なんでサクランボや?と思たら、苺がみつからなかったらしい。今の時期では仕方がないことだろう。
チョコプレートにはこれまた歪んだかたちで、『忍足おめでとう』と書かれていた。おそらくホワイトチョコのチョコペンで。ぶきっちょさんな歪み具合が彼女らしくて面白かった。それにしてもやはり、これは良い出来だ。
「上手いなぁ」
「ほんと!」
「めっちゃ嬉しいわ、有り難う」
「うん」
瞳を合わせて言うと、彼女は照れくさそうに笑った。
正直なところ、俺にとってはケーキよりその笑顔の方が何よりのプレゼントだ。
屈託のない笑顔はいま、自分だけに向けられている。俺の喜んだ様子に俺以上に嬉しそうに瞳を細める彼女は、今まで出会ったどんな女の子よりも可愛らしくいとしかった。
「けどなぁ、コレ」
「ん、…なに?」
しかしその力作を二等分して分けて食べながら俺は気付いたのだ。誕生日だからチョコプレートは忍足が食べていいよと渡されたそれ。(小学生か?と思ったがニコニコ差し出す彼女が可愛かったので素直に受け取った)
メッセージには『忍足』と書かれている。
「普通こういうのって名前の方書くんやないの?」
「あ、あ、そっか」
「忍足ってファミリーネームやんか」
「そっか、そうだよねしつねんしてました」
「寂しいわー」
すこし落ち込んでみせると、はえーとかでもとかだって、とかごにょごにょとつぶやいた。「いつも忍足って呼んでるからついくせで」
…せやから、前から言うてたやんか。俺はこころの中で溜め息を吐いた。
そう、呼び方について言及するのは今日が初めてではない。付き合い始めてからもう何度も言っているのだ、名前で呼んで欲しいと。しかしなぜか彼女はいやに恥ずかしがって、未だに呼んでくれていなかった。
「そろそろ侑士って呼んで欲しいわ」
「えーでも」
「前言うたとき呼んでてくれれば、今日かて間違えへんかったやろ」
「でも」
「な、」
「ん」
「俺、今日誕生日やねんか。さっき言うてたよな、誕生日はすてきなことに囲まれとらなアカンって」
「うー」
「ちゃん」
侑士って、呼んでくれへんかな。
俺は両手をとって、正面から彼女のまあるい瞳を覗き込んだ。少し困ったような恥ずかしそうな表情。めっちゃ可愛くてちゅーしたくなったけど、今後の為に我慢だ。こうした機会がなければ、また名字呼びでとまってしまうかもしれない。(にしてもちゅーは何回もしとるのに、いまだに名字呼びってなんなんやろう…?)
そのまま期待を込めて見つめ続けるとは頬をふくらませた。怒ったのではなくたぶん照れ隠しだ。むり、とでも言うように顔を背けたので、そんなカオしてもあかん!と俺は両手のひらでその柔らかな頬を包んだ。当社比1.2倍に膨らんだ頬は、みるみるもとに戻る。
彼女はうぅー、と困り果てたような声を出した。
…そんなに嫌なんか!
と思った途端、目の前のかわいい唇が小さく呟いた。
「…侑士のバカ」
言うやいなや、恥ずかしいもーやだ!とその両手で顔を覆ってしまう。あまりに可愛かったので、俺はつむじにキスして抱き締めた。彼女は抵抗するでもなくおとなしく腕の中におさまる。
「ちゃん」
「なに!」
「もっかい言うて」
「なんで!」
「名前呼びに慣れとかな将来困るやろ?」
「………なんでこまるの?」
プロポーズまがいのはずの俺の台詞に、は不思議そうに顔を上げた。
こ、ここでそんなふつうに聞き返さんといて…!
結局そのあと自棄になった彼女はデッカイ声で侑士侑士侑士と連呼してくれた。なんかチガウ気がしたけれども、それで少しは慣れたみたいやった。よかったよかった。
ところがしばらくそんな調子で遊んでいたら、なんとは途中でコテンと寝てしまったのだ。小学生か!と今度こそツッコもうかと思ったが、寝顔が天使にしか見えなかったので結局諦めた。
俺に凭れかかって眠り込んだがうーん、と身動ぎする。ピンク色の頬にキスすると、すこしだけくすぐったそうにした。
安心しきったという風情に些か不安がわいたが、(いや…俺の理性が)とりあえずソファに寝かせて、毛布をかけてやった。
ささやかなお誕生日会のあとのちらかった暖かい部屋と、天使の寝顔の愛しい彼女。
俺はとっておいたチョコプレート(俺もじゅうぶん小学生やな)を囓ってお祝いの言葉を飲み込んだ。
幸せな誕生日やなあ、という小さな呟きは眠っている彼女には届かない。半端に開いたカーテンからのぞく星空ぐらいしか聞いてくれていなかったが、それでいいと思った。
お誕生日おめでとう、あいしてるよ!