「なあ、」
「なーに」
「ちゅーしてもええ?」
「!!!」
彼の部室に上がり込んで、部室には不釣り合いなくらいおっきいテーブルで夏休みの宿題をしていたら、隣で頬杖をついてわたしを見ていた彼が、唐突に言った。
わたしはすごくびっくりして、手に力がこもってシャープペンシルの芯がボキンと折れた。いま、なんて言ったの?
「、芯折れたで」
「う、うん…じゃなくてなに言ってんのいきなり」
「や、ちゃんかわいいなぁと思うてな」
「それでなんでち、ち…」
「いや、ちゅーしたいぐらいかわいいなぁ思て」
「な、なん…」
このあいだからこのひと、おかしい。混乱のあまりわたしは口をぱくぱくさせながら思った。このあいだ彼に告白されて、わたしも彼がたぶんとてもすきで、それでお付き合いを始めたわけだけれど、おかしいこの人。付き合う前もかわいいとか、そういう風に言うことはあったけど、雰囲気とかが今と違った。どれかというとおかあさんかおとうさんかおにいちゃんみたいだった。でもこのあいだからは、ニュアンスがなんか違う。
「俺ら、付き合うてるわけやん。何もおかしなことないと思うねん」
「で、でも、いきなりそういうことするの?いっしゅうかんも経ってないよ!?」
にじり寄って来る彼から、上体を反らして距離を作ろうとする。彼はなんとなく不満そうな表情をした。
「俺としては、めっちゃずーっと我慢しとったから全くいきなりやないねんけど」
「ず……ずっとって、いつから?」
「そら、去年の今頃から」
真顔で言われてびっくりした。去年の今頃って。一年前?思わず一年前を思い出そうと頑張るけれど、あんまり思い出せない。でも普通だった気がする。
「ちなみに、」
思い返しながら変な顔をするわたしに、彼がずい、と近づいた。反射的にまた距離をとろうとして、けれど彼に両手を捕まってしまって出来ない。反射神経は彼が圧倒的に勝っている。
「が俺のこと好きやって気づいたんは、いつごろ?」
「え、」
「なあ、いつごろ?」
い、いつだっけ。掴まれた両手を気にしながらわたしは一生懸命考える。えーっと。
「ろくがつくらい」
「…約二ヶ月前か」
「たぶん…」
日付なんてちゃんとは覚えてないので、自信なさ気に付け加えた。彼は真顔のままでふーん、と頷く。
「そーなんや」
「でっでもたぶん、それよりまえから、たぶんそうだったよ…」
「そうって?」
「そうってだから、つまり、たぶん」
「多分多分て、はっきり言うてくれんと何が言いたいかさっぱり分かれへんよ」
「だ、だからぁ」
お金のかけられている正レギュラーの部室は冷房完備で、室温も適温なはずなのに変な汗をかいてきてしまった。もう顔をあげられなくて俯いたままでごにょごにょと、それよりまえからすきだったと思う、とつぶやいた。
「ほな、べつにちゅーしてもええやんな」
えっ、そっちにもどるの。どこかいきいきとした声音に驚いて顔をあげる。
「いやか?」
「い、いやじゃないけど」
「ほな、ええやんな。も俺のこと大好きやねんから」
「そういうことじゃなくて」
「俺、一年も我慢してんねんから」
ご褒美くれへん?彼はにっこり笑った。なんだそのうれしそうな顔。なんだごほーびって。その前になんのごほうびなんだ。もうよくわからなくなって、頷くまで両手も離してくれそうにないし、わたしはとうとう折れた。嫌じゃないのは本当だし。でもどうしていいかわかんないんだもん。
目をぎゅっとつぶって待っていると、彼の手が頬に触れた。来る!と思って身構えたけれど、予想外にもなにかが触れたのはおでこだった。
「可愛いなあ」
睫毛に触れるぐらいの距離で彼が呟く。息がかかってくすぐったい。今さっき唇が触れた少し上、前髪の生え際をやさしい手のひらが撫でた。このあいだから彼はなんかおかしいけど、頭を撫でる手のひらは一年前から何も変わっていない。何となく力が抜けて、目を開けると彼の顔がとても近くにあった。両頬を両手で包まれて、とてもあたたかい。ほんの数秒彼の唇がわたしのそれに触れて、すぐ離れた。
終わったぁ、と思って息を吐く。それでもなぜか彼の手は離れない。首の後ろに移動して、今度は頬にキスされた。わたしがびっくりしているうちに目蓋にも。やっぱり、この人、どっかおかしい。
そこでやっと止まって、腕が背中に回されて抱きすくめられる。何がなんだかわからないけれど、全部で四回ちゅーされてしまった。そんな話、聞いてない…。
「ほんまはもっとしたいねんけど」
「!」
「今日は我慢するわ」
わたしの頭の天辺に顎をのせて、彼はため息をついた。ため息つきたいのはこっちなのに。
「おしたりのばか」
「なんやとー」
「もう、心臓かゆい…」
「………………それは、ドキドキしとるって意味か?」
「うん」
彼の制服のシャツをにぎりしめながら頷くと、彼はもうちょっとロマンチックな言い方出来へん?と文句を言う。出来ないよそんなの、ばか。
「も〜〜〜〜なんやねんキュンとしすぎて死ぬわ。かわいすぎるわ」
怒りを込めて(だいたい四回なんて聞いてなかったんだから)、背中をぱしんと叩くと、さらにぎゅううっと抱きしめられた。くるしい。でも、忍足が死んだら困る。
素直にそういうと、彼はわたしの頭に顎をのせたまま声を上げて笑った。
もう今日は、宿題の続きなんて出来そうもないなぁ。
わたしたち
「ちゃん、ほっぺまっかっかや」
「誰のせいだとおもってんのー」
「りんごさんみたいやな。食べてしまいたいくらいや」
「……………………そういうの、かにばりずむっていうんだっけ」
「…は?」
「にんげんはたぶん美味しくないよ、りんごじゃないし」
「……いや…ちゃん…そういうことやなくてな…」
「なに?」
「いや…うん、ええよ。そこがのええとこやんな」
「なーに?なんかばかにされてる気がする」
「何言うてんねん、めっちゃ好きやでーって意味やん」
「…あ、そ」
「(先は長そうやな…)」
(ていうか、カニバリズムなんてことばいったいどこで覚えてきたんや…!)