くそく

 柔らかい髪を掻き回して、おもいっきり抱きしめてしまいたいと思うことがある。何かを見上げる後ろ姿、後頭部でさえ愛おしい。髪の艶が悩ましくてたまらない。甘えるようにはにかむ頬、悪戯な子供のような笑顔、どれをとっても彼女は魅力的だ。
 込み上げる独占欲を抑えて後ろから抱きしめる。彼女は不思議そうな顔で振り向いてなぁに、と尋ねてきた。
ちゃんはどっか、行きたいとこあるか?」
「んん?今?…ないよ?」
 首を傾げながら答える幼い仕種、柔らかい髪が肩口からこぼれ落ちた。先程カーペットでごろごろしていた所為か、前髪が乱れていたので指で直してやるとは腕の中でくすぐったそうに笑う。それなら、ずっとここに、一緒に居よな、言葉にはせずに俺はただ腕に力を込めた。
 (侑士、いたい)(これが愛の痛みや!)(…あたまおかしいんじゃないの?)(………)



うやけ

「可哀想になぁ」
 髪を撫でて、彼が言う。わたしの涙を吸い取って、頬に口づけて抱きしめてくれた。可哀想にと低い声が言う。彼の胸に顔を埋めると、もうなにも見えない。
 彼がいるかぎりきっとわたしは可哀想なんかじゃない。だけど慰めてくれる腕が優しくて優しくて、なにも考えたくなくなって目を閉じた。暖かい体温、肌触りのいい彼のニット、穏やかな鼓動が聞こえる。わたしの平穏はここにある。この腕に抱きしめられるために生まれたのかもしれないと思った。
 (だから明日もきっと、頑張れる)



ふかし

 どうかしている。
 こんな真夜中に、なんだかよくわからないことで喧嘩になって(というより、彼女が怒って拗ねてしまって)どうしようもなくなって困り果てている。だのに、目尻に涙を溜めて拗ねる顔が可愛くてたまらない。名前を呼ぶとそっぽを向いてしまう。不満そうな唇が知らない、と嘯いた。何を知らないのか、その体を組み敷いて懇切丁寧に聞いてみたくなったが、それよりも笑顔が見たい。
 抱きしめれば、明後日の方向に向いた体は素直に体重を預けてくる。気分屋の天使もきっと、許すタイミングがわからなくなって困り果てている。目尻の涙がかわいそうでかわいらしい、なぁ、こんな真夜中に、そんな悲しい顔をすることはないだろう?
 (今日はもう、寝よな?背中を優しく撫ぜると、小さな頭が腕の中で頷いた)