お天気のいい日曜日だった。お出かけ日和だし、彼が早起きでお掃除なんかはみんなしてくれるから、着替えて髪を梳かしたらもうすぐに出掛けられた。
 だけどやっぱり出掛けたくなくなって、きょうは湿気がないから布団干すわ、と張り切ってベランダでお布団を叩いている彼の背中を見ていた。
 お布団叩きは先がハート型になっているから、ちょっとかわいいなといつも思う。魔法のステッキみたいだ。いつもラケットを握っている彼のたくましい腕が、ぱんぱん、と気持ちいい音を立ててお布団を叩く(…テニスをしているときよりしっくりくるのはどうしてなんだろう)。

 だんだんソファーで座って見ているのにも飽きてきて、抱えていたクッションを置いてわたしはベランダに続く窓をそっと開いた。
 けれどすぐに彼はわたしに気がついて、振り向いて言う。

、開けたらあかんよ。埃がうちの中に入ってしまうわ」
「うん」

 頷いて、わたしもベランダに出てから窓を言われたとおりにきっちり閉めた。それを見て彼は怪訝そうな表情をする。

?」
「んー?」
も中おった方がええで。埃吸うたらあかんやろ」
「えー、やだ。見てる」
「……見てもなんも面白いことないで?」
「そんなことないよ」

 にっこりして言うと、そうか?と彼は首をひねった。まさか、だってなんかかっこいいんだもんとは言えずに、ほんなら風上におって、という彼の指示通りに移動する。そして少し離れたところから彼を見た。

 またお布団叩きを再開した彼は、次にわたしのお気に入りの掛け布団にとりかかる。彼が叩くと小気味いい音がして、その度にきっとダニとか埃とか、とにかく体によくない汚れが払い落とされている。こんな風にカラッとして気持ちのいい午前中に干されたお布団は、いつもいつもすごくいいにおいがして清潔なのだ。
 今日の夜、彼がきれいにしたあのお布団で眠るのだと思うと今から心が踊るみたいだった。まちがいなく、ものすごくよく眠れる。
 わたしの掛け布団の次は来客用だ。彼のうちのお布団が、どんどん彼の手にかかって清潔になっていく。

 お布団も部屋もお風呂もどこもかしこも、彼はきれいにするのがとても上手だ。気づいたら短時間で、誰も使っていなかったみたいに磨き上げられている。魔法みたいだと、じつはいつも思っていた。クイックルワイパーとかスポンジとか掃除機とか、たくさんの魔法道具を使いこなすお掃除の魔法使い。今日の魔法道具は、ハート型のお布団叩きだ。


 そんなことを考えているうちに、ひととおり終わったのか彼がふうと息をついた。それを見計らって、小走りで走り寄って横から彼に飛び付く。

「おお、どないしてん」

 突然だったからかびっくりした声で、でもいつも通りに優しくわたしを受け止める腕。しばらくお日様のよくあたるこのベランダにいたからか、彼からもひだまりのにおいがした。

「いいにおい」
「へ?」
「おかあさんみたい」
「…………彼氏やけどな?」
「うん」

 ぎゅっとしがみついて頷くと、ほんまにわかっとるんかいな、と彼が頭の上でつぶやくのが聞こえた。お日様のいいにおいと、さらさらして気持ちいい風がすごく清々しい。体を少し離して見上げると、右手にステッキみたいな布団叩きを持った漆黒の髪の彼はなんだか本当に魔法使いに見えた。髪がお日様の光りを弾いてキラキラして、ちょっと羨ましい。ちなみに眼鏡の端っこもキラキラして、そっちはちょっと眩しかった。

「侑士」
「うん?」

 腕にしがみついたまま、ヒソヒソ声で彼の名前を呼ぶ。口元に手を当てる仕種をすると、彼はなんだか本当におかあさんみたいな優しい顔をして少し屈んで耳を傾けてくれる。
 そんな彼の頬に、わたしは不意打ちをかけるみたいに軽い音を立ててキスをした。いつも清潔にしてくれてありがとう、感謝を込めて。

 途端に彼の手からステッキが転がり落ちて、お掃除の魔法使いから大好きな恋人に戻ってしまう。びっくりした顔が面白かったので、わたしは声を上げて笑った。