おやつあるからこっちおいで、と言うと、すっかり人間らしくなった彼女は転がるように額縁から飛び出して来た。満面の笑顔が非常にかわいらしい。それはまず間違いなくおやつという言葉に向けられたものなのだろうが、その笑顔のまま俺に向かって走りよってくるのだから、こちらも笑顔にならざるを得ない。そして腕を広げて待つしかない。勿論飛び込んできてなんてくれないのだが。
「おやつなに?」
「ホットケーキやで」
「やったー!バターとマーマレードつける!」
そうして嬉しそうに食器棚へ飛んでいって、ナイフとフォークを取り出してテーブルに並べ始める。あまりにも無邪気に喜ぶのでホットケーキに嫉妬しかけたが、早く焼き上げてしまおうと台所へと戻った。そう、台所で暫くおやつの準備をしていて、呼びに戻ったら窓辺で頬杖をつく彼女がいたのである。彼女はぼんやりさんなので一人の世界に浸ることは割とよくあるが、俺はアンチ一人の世界だ。世界を作るなら二人の方が相応しいに違いないのだから。
「もう焼けた?まだ?」
そんなことを考えながら黙々と生地を焼いていると、お気に入りの皿をもった彼女が直ぐ横にやってきて俺の手元を覗き込んできた。もう焼けるで、と言いながら片手で華麗にホットケーキをひっくり返すと嬉しそうな歓声があがる。今まで何度も見せたことがあるが、彼女はいつまでも飽きない。小さな子供のようで大変に可愛いと思う。
綺麗なきつねいろに焼きあがった一枚目を皿に乗せてやると、いいにおい、と言いながら小さな鼻をくんくんさせる。ああ、ほんとになんでこの子こんなに可愛いん?全ッ然意味わかれへんわ。和みながら、「はやく食べたい」と顔にそのまま書いてある彼女に「先に食べててええで」と言ってやる。しかし彼女はふるふると首を振って、こんなことを言った。
「侑士の焼けるのまってる。いっしょにたべよ」
むしろ俺はキミをたべたいです(今すぐ!)。
当然のように沸いて出た煩悩をものすごく頑張って抑えて口に出さなかった俺は、結構エラいと思う。
「なあ、さっき何考えてたん?」
「え?」
二番めに焼いたほかほかの方を可愛い子にあげて、ほんのすこし冷めた一枚目を食べながら俺はそう尋ねた。(ちなみにバターのとろける様子に、それこそ自分もとろけそうに幸せそうな笑顔で「ホットケーキ大好き〜」と彼女が言ったので、こんどこそホットケーキに激しい嫉妬を覚えた。俺だって、夜はこの仔猫ちゃんをとろけさせてんねやからな!!!)口いっぱいにおやつをほおばった食いしんぼうは、モグモグしてしっかり飲み込んだあと、やはりこう答える。
「なんにも」
やはりそうかと思いながら、そうなんや、と頷いた俺に、あ、でも、と彼女が声をかけた。珍しく何事が思い出したのだろうか。
「でも、侑士のこと考えてたよ」
「…ほんまに?」
「うん。ばんごはんオムレツがいいなあって」
「…………それは、俺のこと考えてたって言うんかな…?」
「言うよ。だって侑士の作ったオムレツがいいんだもん」
それはナニ、俺=ごはん、ってこと…?
ちょっと塗りすぎなんじゃないかな、というくらいマーマレードをホットケーキに盛りつける彼女を見ながら俺はそう思ったが、頷かれるのが怖くて聞けない。なんとなく黙ってしまった俺に構わず、彼女はぱくぱくとおやつをほおばる。
「…ちなみに、何のオムレツがええの?」
「チーズとトマトの!」
「ええで、じゃあ今日のばんごはんそれな」
頬についたマーマレードを拭ってやりながら言うと、わあい、と嬉しそうな声を上げる。もう俺=ごはんでも何でもええわ、嬉しそうな笑顔を見ているとそんな気持ちになってしまうのだった。だってこの子ほんまに世界一かわいいんやって。
「侑士のつくるごはんが世界一好き〜」
出来れば「侑士(のつくるごはん)が世界一好き」って言われたいのだが。
まあこれはこれでよしとしよう。