大晦日 17:33
「あのね、」
大晦日の夕暮れ、秘密の約束を打ち明けるかのように彼女は言った。
「うん?」
「除夜の鐘ってあるでしょ」
「うん」
「あれって108回鳴るでしょ」
「よう知ってたなぁ」
「うん、でね、あたし思ったんだけど」
「ああ」
「あれって、ほんとうにひゃくはちかい鳴ってるのかな?」
「…なんやって?」
「たぶん、途中でかぞえまちがえたり、してるとおもうの」
「し、しとるかな」
「だって、ひゃくはちかいだよ?」
「…うん」
「かぞえるの、すごい大変じゃん」
「そう…やな」
「鐘鳴らすのと数えるの、同時にしてたらまちがえちゃうよ」
「……そ、そう…やな」
「だからあたしがちゃんと数えてかくにんしようとおもって」
「…ちゃんは、間違えへんかな?」
「だいじょうぶ、わたしは数えるだけだし」
「けど、ひゃくはちかいやで」
「うん、だからね、紙に書いて数えるよ。正って字で」
「そ、そっか…」
あれってぼんのうの数なんだよね?間違えてひとつ多くならしたりひとつ少なくならしたりしたら大変だよね、おしゃかさまもびっくりしちゃうよね、
と、使命に燃える瞳で彼女は言った。
打ち鳴らす数を間違えることなど恐らくないだろうし、鳴らしている間他の人間が何人も横で確認しているであろうし、そもそも鳴らす人間はひとりではないであろう、言いたいことはたくさんあったが、非常に楽しそうな様子だったので何ひとつ言葉にはしなかった。
とにかく、彼女は除夜の鐘を数えたいのだ。
………万が一間違っていても、わが家のコタツでぬくぬくしているになす術はないと思うのだが。しかし彼女はそんなこと、考えてもいやしないのだろう。
そこが彼女のかわいくて、魅力的なところである。
は待ち遠しくてたまらない、という顔で、体をちいさく左右に揺らすと、
「早く鳴らないかなぁ」
と言った。髪もふわりと揺れ、やわらかな頬にかかる。指先で払ってやると、大晦日に浮かれている甘えんぼうはそのままにっこり笑って、凭れかかってきた。
素晴らしく幸せで、平穏な年末である。