大晦日 23:48
「げんいちろー!起きてッ!」
という声とともに、ずどん、と鈍い衝撃に襲われて、俺は目を覚ました。
開いた目に入ったのは、幼なじみの少女の笑顔。その向こうに、見慣れた自室の天井。
幼なじみであり、今は恋人でもある彼女は、布団の上から俺に馬乗りになって子供のような顔で笑っていた。恐らく、腹の上に飛び乗ったのであろう。彼女自身はとても軽いので乗られる事自体はどうということはないが、助走がつくとなると話は別である。
幼い頃から兄も一緒にまとめて育てられたようなものなので、彼女には遠慮がない。恋人になろうとも、兄弟のような幼なじみである事実は変わらないのだ。
「…、何をしている。降りんか」
「もうすぐ年明けだよー!一緒に年越ししよ!」
真夜中だというのに、彼女はとても元気だ。俺の言葉をまったく聞かず、賑やかにまくし立てる。わかったから降りんかと言うと、そこで初めてはぁい、と返事をして布団の傍らに座り直す。
息を吐きながら起き上がって上着を羽織ると、遠くから鐘の音が響いていることにやっと気が付いた。
「…除夜の鐘か」
「うん。あとちょっとで今年も終わりだよ」
「そのようだな」
何とはなしに立ち上がり、障子を空けて庭を眺める。彼女も付いてくると、俺の腕に掴まって寄り添ってくる。
心なしか外が明るい。どの家々も今夜は眠らず、新しい年を待っているのだろうか。
「あ、」
そうしているうちに、彼女が小さな声を上げた。直後に、どこかで花火の上がる音がする。その騒々しさに思わず眉をひそめたが、彼女が上着の袖を引くので室内へと視線を戻した。
「明けましておめでとう、弦一郎」
「ああ、…おめでとう」
一足早く春が来たかのように彼女が微笑む。かみしめるように言祝ぎを返すと、はその額を俺の腕に擦りつけて、軽やかな笑い声をこぼした。
締め切った窓から冷気が忍び込み室内を冷やしたが、彼女と居れば寒くはない。
「ね、このまま初詣行こ」
「…毎年毎年、お前は朝まで待てんのか」
「待てない!」
昔から変わらぬ、悪戯をした子供のような表情で彼女は言った。まったく、と俺はため息を吐き、しかし箪笥から着替えを取り出す。
「居間で待っていろ。着替えてすぐに行く」
「はーい」
うれしそうに返事をして踵を返す彼女を、俺はふと思い付いて呼び止めた。
「、襟巻きと手袋は持ってきているのか」
「あ、わすれた」
「馬鹿者、取ってこい。風邪をひいたらどうする」
「はあい」
怒られた子供のように肩を竦めて返事をすると、は襖を開いて部屋を出ていく。ややあって、廊下を駆ける軽い足音が聞こえた。
廊下は走るものではないと何度言っても、一向に改善される気配がない。俺に気取られないよう少し離れたところから走りはじめたようだが、全く隠せていなかった。後程、注意しなくては。
そう思いながらも、口元が緩むのを感じる。彼女の我が儘を仕方なく聞き入れるふりをしていながら、自分も深夜の初詣を楽しみにしている。大晦日でもかまわず常と同じ時間に床に入り、年明け間際にに起こされるのを待つ。毎年恒例のことだった。結局、彼女には敵わないのだ。
恐らくは、今年も変わることなく。