頭痛がする。瞳の奥からジリジリと焦げるような、そんな痛みだ。眼鏡を外し、ぐりぐりと目玉の上や眉間をマッサージしていると、頭いたいの、と彼女が尋ねてきた。
 俺に凭れかかって、静かにテレビに見入っていると思っていたのだが、俺が動く気配が気になったのだろうか。
 ほんの少しだけ心配そうな表情に、ちょっとな、と笑ってみせる。今日は講義がつまっていたから、きっと疲労だろう。目も疲れているのかもしれない。

「風邪かな?」
「うーん、どうやろ。単に疲れただけやと思うけど」

 は俺の膝に手をついて顔を覗き込んでくる。距離の近さに苦笑しながら、大したことはないというようにその小さな頭を撫でた。

「疲れてるの?」
「まあ、今日は講義詰まっとったからな。レポートもあったし」
「ふうん」

 すぐ隣に座り直して、はなおも尋ねてくる。俺の右手を両手で握って、彼女は頷いた。

「……いたい?」

 手を伸ばしたの指先が、髪をそっと掻き分ける。柔らかい指のひらがこめかみのあたりに触れた。妙に恐る恐るとした手つきなのは、俺の頭痛に気を使ってのことだろう。痛みを鎮めようとでもしているのか、そのままひどくやさしく撫でられる。小さな子供のように柔らかい膚の感触が心地好い。平気やで、と笑ってやると、そう、とはほんの少し首を傾げた。くせのある髪が肩に落ちかかる。

「こんなん、ちゃんがチューしてくれたらすぐ治るわ」

 僅かにひそめられた眉と心配そうな色彩の瞳に、脳髄を別の感情が刺激するのを感じながらも、の柔らかい手を握り返した。にっこり笑って軽口を叩けば、何言ってんの、といつものようにむくれたフリをして笑ってくれるだろう。…そう思ったのだが。

「そっか」

 予想に反して、は素直に頷いた。俺のこめかみを撫でていた手を肩に下ろすと、もう片方の手は繋いだままで膝立ちになる。かわいらしい膝がソファに沈み込んだ。そしてあ、と思う間に、愛らしい唇が俺の額に触れる。

ちゃん、」

 思わず慌てたような声を上げるが、彼女は構わずにそのまま眉間へと唇を移動させた。ちゅ、と可愛らしい音を立てて、眉間の次は目蓋に口づける。白い首筋と、ぶかぶかの部屋着(俺のTシャツを着ている為だ)から覗く柔らかい胸元から、ボディーシャンプーの甘い香りがした。常用しているものなので嗅ぎ慣れている筈だが、時間が経っての膚にすっかり馴染んだそれは更に甘さを増している。頭痛のせいだけでなく、目眩がした。
 その上、額や目蓋にキスされたことなど、未だかつてないことである。の方からキスしてくれること自体、年に数回あるかないかの事態だ。それも殆どは頬に、気まぐれのようにしてくれる程度だった。だのに突然のこの状態だ。
 俺からは、唇や頬以外の場所にキスすることなど日常茶飯事だ。彼女も最早あまり気にしていない。されど逆にしてもらう、となると、その行為は妙に官能的だった。
 仕上げとばかりに最後に目尻に触れると、は身体を離す。そうして固まっている俺に向かって、なおった?と無邪気に話しかけてきた。

「治った言うか何と言うか」
「もう痛くない?」

 痛くないと言うより、もうそれどころではない。返事をしあぐねて黙り込む俺に、は不安そうな表情になって「…もっとした方がいい?」と尋ねてきた。

「………い、いや。ええよ。だいぶ良くなったわ」
「ほんと?」
「うん、ほんと」

 俺が頷くと、はよかった、と安堵したように笑った。そして薬飲む?もってきてあげる、とソファから立ち上がろうとしたので、俺はその腰に腕を回してそれを阻む。
 不思議そうにこちらを見上げる額に今度は俺からキスをすると、そんなんええよ、とその柔らかい身体を更に引き寄せた。

「いいの?たぶん薬ものんだほうがいいよ」
「うん、飲むけど別のな」
「別の?」

 引き寄せて、膝の上に座らせる。抵抗することなくそこにおさまったは、俺の肩に手を置いて首を傾げた。その後頭部に、俺は片手を差し入れる。すべらかなうなじから髪の付け根を指でなぞると、はほんの少し震えたようだった。

に集中しとれば、頭痛なんかどっか行ってまうやろ」

 直ぐに意味がわからなかったのか、え、という顔をするに構わずに、そのまま唇を塞ぐ。数秒のタイムラグがあってから漸く抵抗するような仕種を見せたが、後頭部をしっかり捕まえているのでどうしようもないようだった。薬なのだから、口に含まないことには仕方がない。ということで、容赦無く味わい尽くせばの身体から力が抜けて、しなだれかかってくる。解放してやると、はぽてっと俺の胸元に顔を埋めた。

「くすりって、あたしのことだったの」

 力の抜けた声で言うので、当たり前やろ、と頷いてやるとぱし、と腕を叩かれる。が、力が弱いので全く痛くはない。

「有り難うなあ、のおかげで頭痛なんかどうでも良くなったわ」
「…ばか」

 ぽんぽん、とその背中を宥めるようにたたく。ふてくされたような呟きに反して、はぎゅっと俺の服を握りしめた。
 頭痛が治まった訳ではもちろんないが、病は気からとはよく言ったもので実際もうどうでもいい。に勝る薬などはこの世に存在しえない。軽い身体を抱き上げながら、俺はそんなことを考えた。